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「嫌われる勇気」再読ー今腹落ちしたコト2つ

全ての悩みは対人関係の悩みである

ベストセラー「嫌われる勇気」で断定しているあまりにも有名なこの言葉。

今会社員として生きていると本当にそうだなぁと思います。

今回5年ぶりくらいに読み直してみて、今の自分に必要な2つの視点からのキーワードを書き記しておきます。(完全備忘録ですので興味がない方はスルーを)

いま、ここ

「いま、ここ」過去の後悔でもなく、未来への不安でもなく、いまここの一瞬一瞬を全力で幸せに生きる。

この本の中で哲人が青年に対して発する冷静で肯定的な言葉を読んでいると、私自身が普段使う言葉があまりに雑で、言葉の力を軽視しすぎていることに気づきました。

安易な怒りに任せて、毒や剣になり得るような言葉を多用しているのかも。。。

家族は自分の鏡。
最近の娘たちの言動、キレやすさに、自分自身を反省しています。

もう一緒に過ごせる時間にタイムリミットが見え始めているのに気持ちよく過ごせない時間を自分が敢えて作ることはないな。

(長女が高校卒業して家を出るとしたらあと5年強ー2000日ー48000時間をきっている!)

相手がどんなにイラついていても哲人のように自分の中に軸があれば、回避できることも今よりは少なくとも増えると思う。

そのキーワードが「いま、ここ、この刹那を全力で生きる」そんなことではないかなと思いましたし、そうありたいなと思いました。

無意味な人生に意味を与えよー主観的な貢献感

自分の人生を常に無意味に思ってしまう人は多くはないかもしれないけれど、何かトラブルや失敗や平穏を脅かされるようなことがあると、人生を無意味に感じてしまう時期はあるかもしれない。

事実、幼少の頃、家庭が安全安心な場所ではなかった私は、自分の人生に意味を見つけることは難しかったように思います。

そう思うと、事あるごとに「あなたがいてくれてよかった」「あなたはママにとって大事よ」「大好きよ」という、娘たちが幼少に頃には毎日唱えていた言葉を、思春期になっても、大人になっても言い続けるべきだなぁと、これを書いてて改めて。

主観的な貢献感は、どんな状況であろうと、自分が他者に対して貢献しているという気持ちのことだと解釈しているが、私の場合は、娘や夫に対して前述した「」の言葉を言い続けること、それが私自身に貢献感を感じさせることなのかなと。

家庭内読書会開催!

青年と哲人の対話形式は読みやすいので、読書が好きな長女ならサクッと読めるはず。
一緒に読みながら意見交換をすることで、多感な彼女たちの気持ちの吐き出しにもなるかなと感じています。

年末の時間がある時に、提案してみよう!